北条義時と北条時政の親子間対立の理由は?畠山重忠の乱と牧氏事件

鎌倉殿の13人 映画・ドラマ
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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、前半大活躍した「源頼朝(演:大泉洋さん)」が亡くなると、鎌倉幕府内の権力争いがいよいよ激しさを増していきます。

梶原景時、比企能員などの主要メンバーが倒れた後、北条家では北条義時(演:小栗旬さん)と北条時政(演:坂東彌十郎さん)が対立していくことになります。

この北条親子の対立の理由は一体何だったのでしょうか?

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北条義時と北条時政親子間の対立の理由は?

源頼朝が亡くなった後、鎌倉幕府の内部では権力争いが激しさを増していきます。

最初は、御家人たちの溜まった不満を一身に受けた「梶原景時」が糾弾されて失脚します。

その後、比企と北条が源頼家の跡継ぎ問題などを巡って対立。

最終的に北条が比企一族を滅ぼします。

北条は源実朝を将軍に立てて、大きな権力を握ります。

この時、北条時政は初代執権となり、事実上の最高権力者となりました。

北条時政・北条義時親子の対立は、この後のことです。

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畠山重忠の乱

1204年、京で平賀朝雅(北条時政の娘婿)と畠山重保(畠山重忠の嫡男)の間で言い争いが起こります。

三代将軍源実朝の御台所(奥さん)を京から迎えるための話し合いの中で口論に至ったと言われています。

平賀朝雅は義理の母である牧の方(※ドラマでは「りく」演:宮沢りえさん)に畠山重保との口論のことを報告します。

すると牧の方は、夫である北条時政に「畠山重忠・畠山重保の親子が謀反を企んでいる」と讒言します。

結局、北条時政はこれを聞き入れて畠山氏の討伐を決意。

北条義時は「畠山重忠が謀反など起こすはずがない」と強く反対しますが、当時最高権力者であった父には逆らうことができず、総大将となり畠山氏を滅ぼしてしまいます。

結果的に謀反の企みなどなかったことが分かり、畠山氏は無実の罪で滅びました。

そのことを北条義時は父・北条時政に伝え、時政を面と向かって非難します。

時政は何も言わずに引き下がりました。

この事件が北条時政・北条義時親子の対立の原因になったと言われています。

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牧氏事件

「畠山重忠の乱」で北条親子が仲違いをした後、更に決定的な事件が起こります。

畠山氏が滅びたのと同じ年、北条時政と妻の牧の方は、源実朝を廃して自らの娘婿・平賀朝雅(※畠山重保と口論してた人)を四代目将軍に据えようと画策します。

このあまりに強引な姿勢に北条義時や北条政子は反感を覚えます。

彼らは計画を察知すると、時政の館にいた源実朝を北条義時の館へ避難させました。

御家人の大半も北条義時を支持し、北条時政・牧の方の陰謀は失敗に終わります。

このことをきっかけに、北条時政は幕府内で完全に孤立。

牧の方とともに出家します。

その後、鎌倉から追放され、ふるさとの伊豆で隠居の身となりました。

将軍に据えられようとしていた平賀朝雅は、北条義時の命により討たれています。

これにより北条義時は父に代わって大きな権力を手に入れ、後に2代目執権となります。

執権の地位を代々北条氏が受け継ぐ流れは、このときに始まったといえます。

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