ウクライナゼレンスキー大統領の経歴コメディアン俳優から本物へ

ウクライナ 政治・経済
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2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵攻しました。

当初は軍事力で圧倒するロシア軍が数日以内にウクライナ全土を掌握すると見られていましたが、いざ戦闘が始まるとウクライナ軍の奮闘により1ヶ月以上も決着がつかない状態が続いています。

この善戦の立役者の一人、ウクライナのゼレンスキー大統領はもともとコメディアン・俳優でした。

ドラマで大統領役を演じた人物が本物の大統領となり、今世界中で英雄視されるほど注目を浴びています。

彼がどのような経緯で本物の大統領となったのか、以下にまとめます。

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ゼレンスキー大統領の経歴

ゼレンスキー大統領の本名は、「ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー」です。

ちなみに、「ウォロディミル」という名前はもちろんウクライナ語での読み方で、これをロシア語読みにすると「ヴラジーミル(Влади́мир)」となります。

皮肉な偶然ですが、現在敵対関係となった「ウラジミール(Владимир)・プーチン」氏のファーストネームとほぼ同じです。

余談はこのくらいにして、ウクライナ第6代大統領である彼のこれまでの人生を見てみましょう。

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生い立ち

ゼレンスキー氏は1978年1月25日、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国で生まれました。

現在のウクライナ東部「クルィヴィーイ・リーフ」という都市が出身地です。

ユダヤ系のウクライナ人であり、父親は研究者、母親はエンジニアで、祖父はソ連軍でナチス・ドイツと戦ったとされています。

子供の頃から話芸が達者で、アマチュアながらロシアのバラエティ番組にウクライナ代表で出演した過去を持ちます。

キエフ国立経済大学で法学を学び、卒業後は弁護士や裁判官ではなく、コメディアンの道へ進みます。

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芸能人時代

コメディアンとなったゼレンスキー氏は番組内でコメディ劇団を結成し、台本の製作を手掛けるなどして活躍し、看板芸人となります。

その後、イギリスのダンス番組のウクライナ版で本格的にブレイクを果たします。

この番組で「最大瞬間視聴率87.57%」という驚異的な記録を達成しています。

映画などに出演することも増え芸能活動は順調に続きますが、一方で不安定な情勢がつづくウクライナ社会に数々の問題提起を行うことでも知られるようになります。

そんな中、ウクライナの国営テレビでゼレンスキー氏が主演する「国民の僕」というドラマが2015年に放送されます。

彼はこのドラマの中で「歴史教師からウクライナの大統領になった男」を演じました。

このドラマがウクライナで大流行、第3シーズンまで製作・放送されることになります。

「国民の僕」というドラマの大ヒットによって、ウクライナ国民の間でゼレンスキー氏を本物の大統領にするという動きが起き始めます。

ゼレンスキー氏はその期待に応える形で大統領選への出馬を表明。

ドラマ名と同じ「国民の僕」という政党を立ち上げ、選挙戦に臨みます。

当初は最有力候補とは言えませんでしたが、公正で自由主義的な社会を目指すゼレンスキー氏の姿勢にみるみる支持が集まります。

第一回の大統領選挙投票で第一位である30%以上の得票率を獲得しますが、過半数に届かなかったため、第二位のポロシェンコ氏との決戦投票が行われる事となりました。

決選投票では、70%以上の圧倒的な得票率を得て勝利。

特に東部と南部では8割超の得票率を得る圧倒的勝利で大統領に就任します。

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政治家へ

大統領に就任した翌年、ウクライナの議会選挙が行われます。

この選挙でゼレンスキー大統領が結成した新政党「国民の僕」が圧倒的な勝利を収めます。

選挙前は「0議席」だったのが、「424議席中240議席」を獲得し、単独過半数の第一党となります。

しかし、その後、ウクライナが抱える様々な問題を解決することが出来ず、彼らの支持率はどんどん低下していきます。

2021年10月にはゼレンスキー大統領の支持率は25%ほどだったようです。

親ロシア派に対しては、ドローンによる攻撃を仕掛け、ロシアの警告にも反論するなど強気に対峙します。

こういったこともあり、ロシアとの間に緊張状態が高まります。

そしてついにロシア軍による侵攻が始まると、ゼレンスキー大統領は首都に留まり続け、国民を鼓舞するメッセージを発信し続けます。

このことで支持率は急上昇。

ある調査によると91%がゼレンスキー大統領を支持すると答えたようです。

外国向けにも積極的に演説を行い、現在では国際社会の支持が高くなっています。

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