プーチン大統領の経歴と思想ウクライナをどうするつもりなのか?

ロシア 政治・経済
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ウクライナに侵攻を開始したロシア軍。

当初の予想に反して戦闘が長期化しました。

しかし、ロシア軍は撤退することなく、停戦交渉もなかなか締結されません。

このウクライナでの戦争を終わらせられる唯一の人物、プーチン大統領は何を考え、何を目的にしているのでしょうか?

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プーチン大統領の経歴

現在のロシアの大統領「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン」氏の経歴を見てみましょう。

生い立ち

プーチン氏は1952年10月7日、ソビエト連邦の「レニングラード(現サンクトペテルブルク)」で生まれました。

3男として生まれますが、2人の兄はプーチン氏が生まれる前に既に死亡しており、一人っ子として育ちます。

父親は熱心なソビエト連邦共産党員で無神論者、逆に母親は熱心なロシア正教徒だったそうです。

子供時代、彼の家庭はあまり裕福な方ではなく、共同アパートで生活していました。

性格は頑固で勤勉、記憶力抜群で頭の回転が速かったと当時の教師が語っています。

ただし、問題児で「相当な悪童」だったようで、プーチン氏自身もそのことについて認めています。

後に相当の腕前(8段)となる柔道は小学校6年生のころに始めました。

KGB時代

プーチン氏は少年時代、小説や映画などを見て、ソ連のスパイである「リヒャルト・ゾルゲ」に憧れを抱いたと言われています。

プーチン氏が憧れたゾルゲは、日本でスパイ活動を行った実在の人物です。

(なお、ゾルゲはその後、日本国内で逮捕され、当時の治安維持法違反などで死刑判決を受け、巣鴨拘置所で処刑されました。)

スパイに憧れたプーチン氏は「ソ連国家保安委員会(KGB)」というソ連の諜報機関への就職を考えます。

柔道で好成績を残し、レニングラード大学法学部を卒業したプーチン氏はKGB側からのスカウトを受けて見事KGBへ就職します。

諜報員としての訓練を受けた後は東ドイツのドレスデンへ派遣されます。

当時の東ドイツはソ連と協力関係にありました。

そこでNATOを始めとする政治関係の諜報活動を行ったとされています。

東西ドイツの統一によってレニングラードに戻ることになったプーチン氏は、KGBに辞表を提出します。

政治家へ

レニングラードに戻ったプーチン氏は、レニングラード市長のサプチャーク氏のもとで働きます。

そこでサンクトペテルブルク市(途中でレニングラードから名称変更)第一副市長にまで上り詰めます。

その頃にはプーチン氏は、サンクトペテルブルク市の「影の実力者」と呼ばれていました。

サプチャーク氏が選挙で敗れると、プーチン氏も第一副市長を辞職します。

その直後に「ロシア大統領府総務局次長」に抜擢され、モスクワへ異動します。

1998年5月には「ロシア大統領府第一副長官」へ就任。

さらに2ヶ月後、「ロシア連邦保安庁(FSB)」の長官に就任します。

(FSBはかつてプーチン氏が所属したKGBの後身組織です。)

この頃、当時の大統領であるエリツィン氏に対するクーデターを未然に防いだことで、エリツィン氏から絶大な信頼を受けることになります。

首相時代

エリツィン氏の信頼を得たプーチン氏は、1999年8月9日に「第一副首相」に任命されます。

同日、首相のセルゲイ・ステパーシン氏が解任されましたので、プーチン氏は「首相代行」という地位つき、一週間後に正式に「首相」に任命されます。

首相に就任するとすぐに「第二次チェチェン紛争」の制圧に力を注ぎます。

容赦のない発言と行動で「強いリーダー」というイメージが高まり、国民からの人気も高まっていきます。

同じ年の12月、エリツィン氏は健康上の理由から大統領職を引退。

大統領代行にはプーチン氏が選ばれました。

最初の大統領時代

第一期

2000年、プーチン氏はロシア連邦大統領選で当選し、「第2代ロシア連邦大統領」に就任します。

大統領になったプーチン氏がまず最初に行ったのは、「大統領経験者とその家族の生活の保障」です。

これは退任した先代のエリツィン氏に不逮捕特権を与え身の安全を保証するとともに、自身が引退した後の身の安全を確保するためにされたものだとされています。

その後、プーチン大統領は弱まっていた中央政府の権限を強化する政策を連発します。

強硬な姿勢から反対派からは批判されますが、強いリーダーということで、国民からの支持は高まっていきました。

それから、ロシアを混乱に陥れていた原因の一つと言われる新興財閥「オリガルヒ」と直接対決し、見事に恭順させます。

このことでボロボロになっていたロシア経済と、崩壊寸前だった軍隊を再生させ、国民からの信頼はより一層強くなりました。

第二期

2004年に行われたロシア連邦大統領選挙では、70%以上という圧倒的な得票率を得てプーチン氏が勝利します。

再選したプーチン大統領は中央集権をより一層推し進め、同時に経済成長に力を入れていきます。

プーチン大統領就任前のロシアは財政破綻寸前でした。

それがプーチン大統領の手腕により、経済危機を脱し、GDPは6倍にも成長しています。

財政再建を果たしたプーチン大統領でしたが、その手法は独裁的であり、第二次チェチェン紛争のときの人権侵害問題などもあって、このころから欧米諸国はプーチン大統領を非難していました。

さらに、プーチン政権を批判する人物が次々と不審な死を遂げていることから、ロシア政府が暗殺を行っているのではないかとの疑惑が浮上します。

「ロシア国内の評判は高く、欧米諸国からはマイナスイメージを持たれる」という構図が鮮明になっていきます。

ロシアの大統領は3期連続での続投が憲法で禁止されています。

プーチン大統領の任期満了後の去就が国内外から注目されていましたが、大統領退任後に首相として政界に留まることが決まりました。

再度の首相時代

3期連続で大統領に就任することは出来ないため、2期目の任期を終えたプーチン大統領は首相してロシア政府に留まります。

大統領にはメドベージェフ氏が就任しますが、この時代も実質的な最高権力者はプーチン氏であったとされています。

この頃に大統領の任期を従来の4年から6年に引き伸ばす憲法改正が行われます。

「新しい任期が適用されるのは次に就任した大統領から」であったため、「プーチン氏の大統領復帰説」がささやかれるようになります。

メドベージェフ大統領の任期が満了し、大統領選が行われる直前の2011年9月、予想どおりプーチン氏は大統領選出馬を表明。

2012年3月に行われた大統領選では63%の得票率を得て再び大統領へと返り咲きました。

再度の大統領時代

三期目

2012年5月、プーチン氏は正式に第4代ロシア連邦大統領に就任します。

先の憲法改正により、任期満了は2018年となります。

「クリミア併合」が起きたのはこの時期です。

ウクライナの憲法を無視して行われた住民投票によって、ロシアは「クリミア半島のロシア併合」を承認しました。

この事件を受け、アメリカなどの欧米諸国がロシアに対して経済制裁を発動します。

その経済制裁の影響によりロシアの経済成長率は低下、年金問題などが浮上し、ロシア国民からも反発を受けることとなりました。

四期目

2018年3月、ロシア大統領選挙が行われます。

76%という圧倒的な得票率を得て、プーチン氏は大統領に就任します。

任期は2024年までです。

ですが、2020年にプーチン大統領は、大統領の権限の一部を議会に移し、国家評議会の権限を強くする方針を発表しました。

これは、自身が大統領を退任した後、議会を率いる立場に就くことで、事実上終身の間大統領の権限を持つためと推測されています。

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プーチン大統領のウクライナに関する思想

プーチン大統領は2021年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を発表しています。

それによると、「ロシア人とウクライナ人、ベラルーシ人は一つの民族である」とのことで、それを裏付けるために自身の見解を詳細に説明しています。

このなかで、彼は「独立国家としてのウクライナ」を否定しています。

現在のウクライナという国は、外部の力によってつくられた「反ロシアプロジェクト」の一つであるというのです。

つまり、そもそも「ウクライナという国」は存在せず、その地域で「反ロシアの人々がロシアの国土を奪おうとしている状態」といった認識を持っています。

この認識に立てば、ウクライナでの軍事行動は、「侵攻」ではなく「自分の国を取り戻そうとする軍事作戦」と呼ぶプーチン大統領の意図が分かります。

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ウクライナをどうするつもりなのか?

では、プーチン大統領はウクライナをどうするつもりなのでしょう?

先の論文によると、プーチン大統領はウクライナを独立国とみなしていません。

ロシアの一部であると考えている節があります。

さらに現在のウクライナ危機は、反ロシア派の陰謀であるとの認識も持っているようです。

仮に、プーチン大統領が本当にこのような思想を持っているとなると、最終的な目標は「ウクライナ全土のロシア併合」である可能性すらあります。

そうなると、簡単には侵攻を止めず、仮に停戦交渉が成立したとしても再度軍事行動を起こす可能性が高いです。

今回のウクライナの戦争は、プーチン大統領からみれば、「自国の領土を取り戻すための反ロシア派との戦い」に見えている可能性があります。

ただ「独裁者が自国の利益のために他国を侵略しようとしている」と断じてしまうとプーチン大統領の意図を見誤ってしまいかねません。

国際社会からこれだけ非難されても止まらない理由は、「自国の領土を守るため」という使命感から来ているのかもしれません。

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