木曽義仲の息子源義高の最期と婚約者大姫のその後はどうなる?

源義高 映画・ドラマ
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NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で悲壮感漂う展開が続きます。

第15回では上総介広常が暗殺され、第16回では木曽義仲が討たれました。

続く第17回では木曽義仲の息子、「源義高」とその婚約者の大姫(源頼朝の長女)に焦点があてられます。

この記事では史実をもとに、本物の源義高と大姫がどうなったのかを紹介します。

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源義高の最期

源義高は、木曽義仲の息子で嫡男です。

源頼朝との武力衝突を避けるため、人質として頼朝に差し出されました。

しかし、その後、両者は対立することになり、源頼朝は源義経らを派遣し、木曽義仲を討ち取ります。

そのことによって、人質となった義高の命も危うくなります。

頼朝は義高を殺そうとしますが、それを知った義高の婚約者「大姫」は、義高を逃がすことを画策します。

側近が義高になりすますと、本物の義高は女装して侍女に紛れ、鎌倉を脱出します。

しかし、その日の夜には頼朝にバレてしまいます。

頼朝は激怒し、追手を派遣し討ち取るように命じます。

5日後、義高は武蔵国(現・埼玉県)で捕らえられ、入間河原で討たれました。

享年はわずか12歳だったとされています。

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婚約者・大姫のその後

源頼朝の長女で源義高の婚約者であった大姫は、義高討伐の命令を聞いた時点で打ちひしがれてしまいました。

このため、義高が処刑されたことは大姫には内密にされていました。

しかし、やがては大姫の耳にも入ります。

大姫は水も飲めないほど悲嘆に暮れたと伝わっています。

それから大姫は病床に伏し、日に日に憔悴していきます。

大姫の母である北条政子は「義高を討ったために大姫が病になった」と大いに怒ります。

頼朝に詰め寄ると、ついには義高を討った「藤内光澄」という武士を処刑・さらし首にしてしまいます。

義高が処刑された当時、大姫はまだ7歳でした。

年若いころに大きなトラウマを負ってしまった大姫は、その後病状が回復すること無く、20歳という若さでこの世を去ります。

あらゆる治療や加持祈祷が施されましたが効果はなかったと伝わります。

頼朝は義高処刑の後、大姫を天皇や貴族と婚姻させようと試みます。

大姫は義高への想いからか「そんな事するくらいなら身を投げる」と、それらの縁談を断ったと言われています。

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