平宗盛と安徳天皇の最期は?一ノ谷の戦いが終わったその後の平氏

壇ノ浦の戦い 映画・ドラマ
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NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で菅田将暉さん演じる源義経が戦上手の本領を発揮し、次々と平氏を追い詰めていきます。

第16回の放送では、木曽義仲を討った後、一ノ谷の戦いで平氏を大敗に追い込みました。

この場面で心配そうな様子の安徳天皇(演:相澤智咲さん)と平宗盛(演:小泉孝太郎さん)が映し出され、2人のその後について思いを巡らせた方もおられるかと思います。

この2人が一ノ谷の戦いの後にどのような人生を歩むのか、簡単にまとめます。

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一ノ谷の戦い後の平氏

一の谷の戦いで多くの有能な武将を失い、平氏は大きく力を落とします。

そこで、讃岐国(今の香川県)の屋島というところに拠点を移し、再起を図る策をとります。

すると、源範頼(頼朝の弟で義経の兄・6男)が九州を制圧するため、西に進軍します。

平氏はこれを阻止しようと、範頼の軍を分断、関門海峡(山口県と福岡県の間の海)を封鎖し停滞させます。

そこを源義経が背後から急襲。

平氏は屋島を追われ、瀬戸内海を転々とした後に長門(今の山口県)の彦島という場所に逃れます。

そうしているうちに、範頼は九州を平定。

平氏は完全に包囲されます。

そこへ義経が軍を拡大させて迫り、壇ノ浦での最後の戦闘の後、平氏は滅亡してしまいます。

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平宗盛の最期

平宗盛は平清盛亡き後の平氏の棟梁でした。

倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦いで木曽義仲に敗れたのち、平氏は次第に勢力を失い、前述の通り壇ノ浦での最後の戦いに敗北します。

多くの平氏が入水自殺した壇ノ浦の戦いで、宗盛自身も海に身を投げますが、なかなか死にきれなかったところを源氏方が舟に引き上げ、宗盛は捕虜となります。

その後、鎌倉へ連行されて頼朝の前に出されます。

敗軍の将として頼朝と対面した後は、京都へ連行され、最期は近江の国で処刑されます。

15歳の長男・清宗を始め、宗盛の四人の男子はこの時に全員処刑されています。

これにより、平氏の男系の血統が途絶え、平家滅亡となりました。

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安徳天皇の最期

安徳天皇は歴代天皇の中でも最も短命だったとされている天皇です。

平清盛の孫にあたり、平氏が都落ちする際に連れられて、平氏と運命をともにすることになります。

壇ノ浦で最後の源平合戦が行われた際、二位尼(平清盛の妻で安徳天皇の祖母)に抱えられ、ともに入水自殺をしたと伝わっています。

この場面の安徳天皇と二位尼の掛け合いは有名です。

安徳天皇)「どこへ連れていくの?」

二位尼)「この世は辛いところですから極楽浄土という結構なところにお連れ申します。波の下にも都がございましょう。」

享年は7歳でした。

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