八田知家とはどんな人?鎌倉殿では市原隼人が演じる13人のうちの一人

八田知家 映画・ドラマ
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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源義経と源頼朝の対立が終わり、新展開を迎えます。

このタイミングで13人最後の一人「八田知家(はったともいえ)」が登場します。

市原隼人演じる八田知家とは、どんな人物だったのでしょうか?

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八田知家とはどんな人物?

八田知家は、鎌倉幕府の御家人で「十三人の合議制」のメンバーの一人です。

国の史跡である「小田城(茨城県つくば市)」を築城した人物であり、「小田氏の始祖」と言われています。

その生涯は謎につつまれており、一説には源義朝の子(落胤:らくいん)ではないかとも言われています。

源義朝は源頼朝の父親ですので、この説が正しければ八田知家は源頼朝や源義経と兄弟ということになります。

ただし、この説をとっても「落胤→父親に認知されていない子」ですので、正当な源氏の一族とはみなされません。

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大河ドラマに最後に登場した「13人」

八田知家は、大河ドラマでは第21回と「13人」のうち最後に登場しています。

しかし、実は彼は頼朝が挙兵した年にはすでに頼朝の味方になっています。

と言うか頼朝の父・源義朝と一緒に「保元の乱」を戦っています。

平家討伐の際は主に源範頼の配下について活躍し、義経と頼朝の対立のきっかけとなった「無断任官問題」のときに義経と一緒に任官され頼朝の怒りを買っています。

奥州藤原氏討伐後の八田知家の主な動きとしては、

  • 曽我兄弟の仇討ちをきっかけに従兄弟の領地を奪う
  • 2代将軍頼家の命に従って阿野全成を誅殺する

くらいしか記録がなく、どうやって亡くなったのかも不明です。

わりと自由に動かせるキャラクターを13人の最後として登場させたのは、何か脚本を手掛ける三谷さんの意図が隠されているのかもしれません。

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